01-05 へんしん?

「そうだ、早く学校に行かなきゃ」

 ちえりはそういって、ぱれっとの両足を(つか)んだまま、かけ出した。このままぬいぐるみと遊んでいるわけにはいかないと思ったのか、学校に戻ろうと思ったようだ。

「ダメれす! その前にひと仕事あるのれす」

 ぱれっとがちえりに言った。その台詞(せりふ)に、ちえりは立ち止まる。

「おしごと?」

 

「うまく(ま)いたと思ったのれすが、つけられますた…」

 ぱれっとはちえりの手から逃れると、シュタッと着地し、振り返って指をさした。

「敵のクロコれす! 暗黒王(ダークネスキング)の子分れす!」

 ぱれっとの指した方向には、20メートルくらい先に全身黒タイツをまとったような、明らかに怪しい人型の化物がひとり、両手を広げ迫って来ているところだった。背の丈は成人の男の平均くらいだ。

 半月のような大きな白い2つの目はちえりたちを睨み、大きな口は不気味に笑っているように見える。

「クゥゥロォォォ!」

 目があったクロコはクロクロと叫びながら、ぱれっとやちえりへ距離をゆっくりと縮めてくる。

「くろこ?」

「ちえりさん! 『パステルガァル!』に変身れす!」

 …さっきもぬいぐるみは「パステルガァル!」と言っていた。

「この『色彩元珠(パステルオーブ)』を叩くのれす!」

 ぱれっとの手の上にはいつの間にか透き通った淡いピンク色のガラス玉が乗っている。

 巨峰より大きく、ミカンより小さい感じだ。

 ぱれっとはそれをちえりに渡す。

「おっきいビー玉!?

 ちえりは驚きながらも、大きなビー玉を受け取ると、言われた通りに(てのひら)でぺしんと叩いた。

 するとボウンと言う音がし、大きなビー玉はステッキのような形状になった。先端には、先ほどのビー玉を大きくしたような球が、さくらんぼを連想させるように二つあり、二つの球をつなぐ緑色のヘタまでご丁寧に付いている。そこから棒が伸び、ちえりは下部の持ち手部分をしっかりと握っていた。

「わあ! すごっ!」

「これは、パステルウエポン、チェリーステッキなのれす! さぁ、変身れす!」

 ぱれっとは興奮ぎみに、ちえりに変身を(うなが)した。

「へ、へんしん…?」

 そんな中途半端な説明では、ちえりじゃなくても理解できず、躊躇(ちゅうちょ)する。

「もう一度、今度はそのステッキに衝撃を与えるのれす!」

 だが、緊迫した状況なので、とにかく言われたとおりにやるしかない。

「こう?」

 ゴキ。

 ちえりは言うや否や、思い切り力を込めて、衝撃を与えた。

 …ぬいぐるみ「ぱれっと」に。

「げふーん!」

 ステッキは見事にぱれっとの頭部へめり込み、彼はノックダウンした。いやノックダウンと言うか、強制終了(シャットダウン)

「いや…ボクに衝撃を与えるのではなく…」

 正確には衝撃ではなく打撃であった。そのまま彼は力なく無惨に突っ伏した。

「クゥゥロォォォ!」

 そうこうしているうちにクロコと言う全身黒タイツの変人は、ちえりたちのいる場所まで追いつき、ちえりに襲いかかる。両手を広げて、ぐあぁぁぁーっと。

「わぁわぁ!」

 右手に持ったステッキを反射的に顔の前にかざすと、ちえりは目を閉じつつも、左手でパシンと叩く。と、同時に淡い、ピンクの…そう、さくら色の光がステッキからものすごい勢いで四方八方に発せられ伸びて行く。

 そして、さくらの花びらのような小さな光の粒子のようなものが、ちえりを中心に何枚も渦を巻いている。光とともに、風も舞い上がっているが、そこは激しいながらも、春風のような爽やかさがあった。

 やがて光が収まると、ちえりの着ていた服は、別物になっていた。

 それはピンクを基調としたコスチュームだった。フリルのついたスカート、さくらんぼを連想させるような円球が2個ずつ、胸元(むなもと)や、髪飾(かみかざ)り、足の(かざ)りなどに装着(そうちゃく)されていた。(もも)まであるさくら色のニーハイソックスと、濃いピンク色の靴も印象的だった。

 急な光と風に圧倒されたクロコは思わず後退(あとずさ)る。

「見事れす! パステルガァル!」

 先ほどちえりによって頭部を負傷しながらも、ぱれっとは立ち上がり嬉々として言った。

「これ…お着替えとか楽ちんにできんの?」

 彼女の興味は変身そのこと自体よりも、この変身がもっと具体的に、もっと実生活において有効的であるかどうかが鍵だったようだ。

 彼女はドキドキしながらぱれっとに聞いた。

「自動的にお着替えできて、朝の用意も簡単! これで朝はあと5分眠れまつ…って、そんなぐうたらステッキではありまてん!」

 ぱれっとは鮮やかに、ノリツッコミをした。

「これで、世界の『色』は…!」

 果たして、守りきれるのであろうか。

 この物語は、世界を暗黒にさせまいとする、少女たちの物語である。

 ちなみに彼女たちを「パステルガァル!」と言った。

 最後の「!」(エクスクラメーション)マークは、彼女たちの期待値(のびしろ)を意味すると彼らは説明するが、その期待値(のびしろ)に賭けるのは楽観的過ぎる気がする…少なくともぱれっとはこの時そう思った。