02-02 オーディション!

 「中二病」末期患者、瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりかが、ひとりで誰かに何かを誓ったことについて、少し紐解きたいと思う。

 それは今から数日前…梅雨の合間に中途半端に晴れた日のこと。

 都内某所、スタジオ風の小さなビルの入口に、やや派手な縦型の看板が立っていた。

 

「え~っと…新アイドルユニット『クレヨンドォル!12(トゥエルブ)』オーディション会場はここね……って、ぅぅうぉぉぉい!」

 瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりかは、立て看板の文字を読むなり、横にいる同級生の沢谷(さわや)かなの肩にドゴスッ! と鋭く裏拳をお見舞いした。

「えー? なにー?」

 間の抜けた声で沢谷かなは返事をする。

「あんた、演劇のオーディションを受けるって言わなかったっけ?」

 ぐいっと沢谷かなの胸ぐらをつかむ。

「歌あり、踊りあり、パフォーマンスありの超エンタメな次世代演劇だって言ったわよね!?

 うんうん、うなずく沢谷かな。

「舞台の上でアイドルを演じるわけだから、ある意味役者、演劇よー」

「…かなっぺ! ……まあ、オーディション書類の送付をあんたに任せたあたしにも落ち度があったのかも知れない! でもな、あんたが書類審査落ちるってどういうこと?」

「こればっかりは仕方ないよー。だから、るりかだけ一次審査受かって、不安だと思ったから、一緒にくっついてきたんじゃないのー」

 何だか言いくるめられている気がする。

 結果的に沢谷かなっぺの陰謀でひとり、アイドルオーディションに挑戦するハメになったと言う事実は揺らがないからだ。

 そう、瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりかは、そういうことなっていた。

 たしかに周りを見渡せば、それっぽい少女たちが緊張した面持ちで会場にぞろぞろと、入って行く。

 瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりか、沢谷かなの両名は同じ中学で、親友で、演劇部だった。

 事の経緯から推測すると、舞台演劇か何かの一般オーディションに沢谷かなが書類応募したようだ。ひとりだとアレだったので、るりかも誘ったのだろう。

 どうせ一次審査すら通らないと思っていた瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりかは、書類の申し込みをすべて沢谷かなに一任してしまった。

 ところが蓋を開けてみると、沢谷かなは落ち、自分は通ってしまったってワケだ。

 びっくりして二次審査の会場に来たが、舞台でも演劇でもなく、新アイドルユニット「クレヨンドォル!12(トゥエルブ)」オーディション会場と書いてあった…。

「どうするー? 帰るー?」かなは、るりかに話しかけた。

 と、そこへ、すっと、るりかの横をひとりの少女が通り過ぎた。るりかと同世代だろうか、一瞬、視線が重なる。

 

 どきん。

 

 るりかの胸の奥が高なった。

 目が合ったその少女は、白いオシャレな帽子をかぶり、線は細く、肌が白かった。そして、あの瞳。

 

音雨すみれ

 るりかと目線のあった少女は、少し照れたような表情で、控えめに会釈をすると会場に入って行った。

 一瞬呆然とするるりかに、かなは再度話しかける。

「るりかー?」

「ぱねえ」

 意を決したような表情でるりかが一言そう言った。

「えー?」

「見た? あの子のオーラ。透き通るような肌、透明感と、あの眼差し…目力って言うの? たぶんさぁ、スターってさ、あーゆー子を言うんじゃない? ガチで星を持っていて、それが内側から光ってる感じだわ」

 興奮気味にるりかが言った。

「かなっぺ! あたし、オーディション受ける。あの子みたいな子が受けるんなら、面白そうね」

 彼女はオーディションを受けることに腹が決まった。そして、会場で受付を済ますや否や。

「あたし、瀬々(せせ)(ら)(ぎ)るりか。14歳、中2。(さい)(たま)県人(けんじん)よ」

 るりかは例の少女に、さっそく絡みはじめた。

 彼女への興味もあったが、偶然受付が彼女のすぐ後だったこともあり、エントリーナンバーがつながっていて席が隣となったのだ。

「あ…うち…? すみれ。(おと)(め)すみれです。13歳、中1で愛知からきました」

少女、(おと)(め)すみれは、小さな声で控えめにそう答えた。ボブと言うかおかっぱような髪型で白い肌…るりか曰わくの透明感が、なるほど確かに際立っていた。

「今日が歌とダンスのテストでしょ。明日は、ペアで演劇のテストって言ってるじゃない? 受付番号からいって展開的にあたしたちペアみたいだから、よろしくね的な!」

 るりかは握手を求めた。戸惑いながらも、すみれはそれに応じる。

「細い腕! 可憐ね、すみれちゃん」

「よく、もやしっていわれます…」

「そんなことないよー」

 思わず、そばにいた沢谷かながフォローした。ネガティブ思考なのかしら。

 オーディションは土曜日、日曜日の2日間にわたって行われるようだ。るりかとすみれは順番的に最後のようで、現在行われている歌の審査まで、1時間くらい待ち時間があった。

 ふたりと付き添いの沢谷かなは、控え室のような大きな部屋で他のアイドル候補たちと待っているのだ。

 会場で配布された『クレヨンドォル!12』のアイドルプロジェクトちらしを見てみると、あながち沢谷かなの言っていることは間違いではなかった。

12 (トゥエルブ)』と語尾にあるように、12人のメンバーが選出されるのだが、もうすでに個々のアイドルの性格や名前まで先にキャラクター設定が決まっているのだ。

 どういうことなのか、と言うと、例えば途中で卒業や脱退などがあった場合は、二代目として他の誰かが、そのアイドルのキャラクター、名前を引き継ぐと言うシステムなのだ。選出された少女たちは、あくまで設定されたキャラクターを演じきり、パフォーマンスして行く。

だからテレビのバラエティーでも、キャラクターとして発言するため、アドリブなどの即興力も必要となってくる。

 そして、キャラクターを演じ切れない場合は、外されてしまうと言う過酷な、そして究極の次世代演劇プロジェクトなのであった。

 もともとアイドルたちは、ファンの理想や期待を裏切ってはいけないと言うものだが、その定義は曖昧だったり、場当たり的なものだったり、人によって違ったり、アイドル自身がキャラクターを自ら構築しなければならなかった。そこを逆手にとってプロデューサー側が、はじめにキャラクター作りから徹底すると言うことなのだ。アニメキャラクターと声優の関係に似ているかも知れない。それを演じるのが生身の人間、と言うことだ。 

 しかも、その設定は公式に発表されていることから、ファン側もすべて承知での応援、と言うことになる。となると、彼女たちのプライベートや素顔は通常のアイドルより閉鎖されるため、さらに付加価値がつくのかも知れない。

 つまりこのオーディションは、その12人のキャラクターを誰が演じるかを決めるもの、なのだった。 

「なるほど、広義としては、確かに演劇の部類かもね…。ってことはすみれちゃんも、女優志望ってこと?」

「えっと。…はい、女優です。とゆうか、うち昔、子役だったんですよ…」

 相変わらず控えめな声で、すみれはるりかとかなに話した。はっとする沢谷かな。

「あーそうだー『(おと)(め)すみれ』って。昔、昼ドラの子役で一時期有名だったわよー」

「マジ? じゃ、じゃあ、すみれちゃん、ガチ女優!?

 るりかは驚き、戸惑いそして、興奮した。