01-03 中に人は、いまてん

「とりあえず、家に取ってきなよ」

 羽田(はた)つぐみは、(はなぶさ)ちえりに、もっとも常識的なアドバイスをした。

 

 ちえりがランドセルを家に忘れてしまった事件について、羽田(はた)つぐみと通学班のメンバーは、種々(しゅじゅ)(ろん)じていた。先に先生に伝えてから取りに行ったほうが良いと言う意見や、母親に持って来てもらったほうが良いと言う意見などが出たが、気がつくと校門前で学校に到着してしまったようだ。

 とりあえず、通学班のメンバーを解散させる。

「ああ、でも、ママにおこられる!」

 今までのんきに話していたが、ちえりは母親のことを思い出したとたん、現実に引き戻されたかのように顔が青ざめた。私の天敵は母親です、とでも言うようなビビりようだった。

「もー、いいから、早く取りにいきなよ。まだ8時過ぎでしょ。ダッシュすれば朝マラソンが終わるまでには間に合うって」

 つぐみはそういって、ちえりの背中を押した。

 朝は8時20分から10分程度マラソンや読書をしたり、英会話のDVDを見たりと朝の会がはじまる前にこういった朝活なる活動があった。つぐみが言った通り、今日はマラソンだった。

 うん、と返事をするとちえりは家へ向かった。きっと母親に怒られるであろうが、仕方ない。ある程度そう覚悟を決めると、気持ちが切り替わったようで、鼻歌まじりに謎のステップを踏みながら、歩き出した。彼女はダンススクールに通っているが、8月末の発表会に向けて新しい振り付けを覚えているところであった。たぶん、その振りだろうとつぐみは踏んだ。

「こらーちゃんと歩けー! 早く戻って来なよ~!」

 後ろからつぐみは声をかけた。

 しばらく駆けっていると、普段は通学路で使わない小道に入って行った。この道を使ったほうが近道だからだ。街灯がないので、夜は通るなと大人たちが口うるさい(へい)と塀に(はさ)まれたような、薄暗い小道だった。

 そして、なんの前触れもなく、いきなり、ちえりの目の前にドスン! と何かが上から落ちてきた。

「わっ!」

 ちえりは驚いて反射的に一歩引いた。

 落ちてきたのは全身真っ白の、丸っこいぬいぐるみのようだった。大きさはちえりの頭くらいしかない。片耳は大きく、クマのようなイヌのような形態のぬいぐるみだが、落ちたときの音からすると、多少重みがあるようだった。

「いででで! …あ、見つけますた!」

 ぬいぐるみがしゃべりだすや否や、立ち上がり、ちえりに向かって指をさした。

 立ち上がってしゃべりだしている時点で、もはや、ぬいぐるみではないが。

「パステルガァル!になって、世界の『色』を救ってくだたい!」

 ちょっとイラッとするような語尾で、ぬいぐるみはちえりに、唐突(とうとつ)にそう言ったのだ。

「うん! いいよ!」

 ちえりは(かん)(ぱつ)(い)れず快諾(かいだく)した。まさに電光(でんこう)石火(せっか)の反応である。打てば(ひび)くとはこのことだ。

「え? ちょっと、はや! 驚くとか、考えるとかしないんれすか?」

 逆にぬいぐるみの方が反応に戸惑ったくらいだ。

「わかんない!」

 ちえりは笑顔で答えた。

「いや、そもそも、ぬいぐるみがしゃべってるのれすよ。そこまずは、突っ込まなきゃいけないと思うのれす。それで、パステルガァル!は結構過酷(かこく)なのれすよ。敵が現れたら、眠くても戦いに行かなければなりまてんよ」

「これ、なんでしゃべってんの?」

 ちえりはそういうと、白いぬいぐるみを足から掴んで宙ぶらりんにした。

「あ。ちょっとなんてことを!」

 いきなり持ち上げられ、あわあわする、しゃべるぬいぐるみ。短い両手を振り回したところで、何の抵抗にもならなかった。

「これチャックないね?」

 ぬいぐるみの背中をわさわさとまさぐる、ちえり。

「うひょひょ! くすぐったいのれす! 背中にチャックはありまてん! 中に人はいまてん!」

 大きさはちえりの頭ほどだから、常識的に考えて、人は入っていない。

「ボクは『ぱれっと』といいまつ! パステルワールドの使者なのれす!」

 と、これからさばかれる(にわとり)みたいな両脚(りょうあし)宙吊(ちゅうづ)り状態で、涙目で必死にその「ぱれっと」は自己紹介した。

 あまりにも惨めな、自己紹介だった。