01-02 真っ白なキャンバス

「ここは、どこじゃ」

 

 目を覚ますと、そこは昨晩までとは別の景色だった。

 「彼女」の声はそういう戸惑(とまど)った感情をはらんでいるように聞こえた。

 しかし、「彼女」は今まで寝ていたわけでも、目を覚ましたわけでもない。そういう感覚とは違う。

 

 

 それにしてもあたりは白い。

 

そう、本当に真っ白な世界だった。上下左右の感覚がなくなるような、ただただ、白い空間。まるで、まだなにも描かれていない、真っ白な画布(キャンバス)みたいだった。

 音も「彼女」が発した声以外、なにも聞こえない。ここは360度パノラマな空間かも知れない。

 でもやはり、遠近感を示す対象物がないから、広さがわからなかった。

 「彼女」の姿は?

 「彼女」の姿はない。

そして姿が見えないのに「彼女」と表現したのは、「彼女」が少女の声をしていたからだ。実際にそこには少女はいない。

 代わりに、3体の奇妙な姿かたちをした、生き物が浮いていた。

「この空間の(レイヤー)を人間の世界(ルール)にリンクさせますた」

 その3体のうちのひとつ、丸いクマのぬいぐるみの様なものがそう言った。レイヤーを人間のルールにリンクさせた、と。

 全身真っ白な、クマのぬいぐるみは、左右の耳の大きさが違っていた。左耳の方が大きく、水彩画で使用する半円状のパレットを思わせるような形状をしていた。鼻もない。しゃべり方の語尾も少し変だ。

色彩層(パステルワールド)をおびやかすような問題が起きたカラ。そして人間が住まう(レイヤー)が関わっている問題カラ」

 今度はネコのような風貌(ふうぼう)のぬいぐるみが答えた。頭には絵の具のフタのような帽子をかぶっていて、よく見れば胴体も絵の具の銀色のチューブのような形状をしている。こっちはメスのようだ。

暗黒王(ダークネスキング)(しん)(しょく)を企んでいるッシュ!」

 最後に叫んだのは、ウサギのような形状のぬいぐるみ。両耳の先は筆の毛先のようにフサフサと揺れている。

 彼ら3体は、何に(もしくは誰に)訴えかけているのだろうか。

暗黒王(ダークネスキング)が?」

 聞き返すような先ほどの「彼女」の声…つまり少女の声が聞こえると、3体の目の前に巨大な白い縦長の塊が突如(とつじょ)として出現した。

 そのぬいぐるみたちが仮に30センチだとしたら、ゆうに10メートルを超えるような巨大さだ。

 真っ白なその巨大な(かたまり)は、乱雑(らんざつ)にカットした宝石のような形をしていた。

 しかし、3体はその現象に驚きもしない。

 そして、その真っ白な宝石のてっぺんに、全身真っ白な巫女(みこ)のような(はかま)姿(すがた)の少女が現れた。髪の毛は黒くしなやかで(つや)があり、そして長かった。耳は横に長く先は(とが)っていた。頭の両脇からはまるで水牛の角のようなものが白い色で2本生えている。彼女は巨大な宝石の上に腰をかけているようだった。

「なるほど、これは人間(レイヤー)世界(ルール)か」

 白い少女はそういって、まじまじと自身の両手や黒い髪を触った。まるで初めてそれを目にしているように。

純白姫(プリンセスホワイト)、一刻を争う事態なのれす!」

「わかっておる。うぬら使者がこうして動き出したことが何よりの証拠」

 そういうと、彼女の片手に棒状のものが出現した。それもまた白い色だ。木の枝のような形状をし、上部には同じく白い宝石のようなものがいくつも埋め込まれており、(つえ)の先になるにしたがって細くなり、 先端はとがっていた。魔法使いの杖のようだ。

「…1677万7216色。人間(レイヤー)で一般的な総色カラ」

「うむ」

「人間によって名前をつけられた色になると、もっと絞られるッシュ」

「この人間(レイヤー)においての色彩元珠(パステルオーブ)は、せいぜい名称がつけられて認知されている程度の数になるであろうな」

 独り言のように彼女はそうつぶやくと、右手にもった杖を、頭上で弧を描くように振りかざした。

 すると、彼女を囲うように無数のさまざまな色の石が現れた。数は千を超えているだろうか。数え切れない。色とりどりの石は(てのひら)に収まる程度の大きさで、まるでちりばめた宝石の中にいるような壮大な光景だった。

色彩元珠(パステルオーブ)…名を持つ色だけでも千以上はあるか?」

 と、純白姫(プリンセスホワイト)が言うや否や、宝石がいっせいに黒く点滅しはじめた。

「こ、これは」

 先ほど純白姫(プリンセスホワイト)から「使者」と呼ばれたぬいぐるみたちは驚愕(きょうがく)の表情を浮かべた。

 点滅は収まり、それぞれの宝石は真っ黒になった。そして目の前から次々と消える。消えると言うより、崩れて消えて行く、崩壊して行くようなイメージに近い。

「まさか、もうここまで。(しん)(しょく)がはじまったら、世界が暗黒になるのれす」

 クマの使者が肩を落とした。

「ぱれっと、あきらめるでない。よく見るのじゃ」

 使者たちはプリンセスに言われるがまま、あたりを見渡した。

「あ、1個、2個…4つあるカラ!」

 すべての宝石が真っ黒くなりここから消えたと思った彼らだったが、パラパラと4つほど、黒くならずに、また消えずに浮遊している宝石が残っていた。

「まだ勝機はある。そして、ここは人間(レイヤー)世界(ルール)ぞ。人間に力を借りようではないか」

 純白姫(プリンセスホワイト)は、そういって微笑んだ。

 「(レイヤー)」とは、われわれが住まう、存在するこの階層(かいそう)を表すらしい。

 例えば、県。もしくは国とか、そういう単位で、我々がいるココを、彼らは(レイヤー)と呼び、世界(ルール)ごとに区別していた。

 宇宙の中、宇宙の外。もし、そんなものが存在すれば…の話だが、そう言った中とか外の問題ではなく、異なる(レイヤー)が存在するのだ。

 階層と言ったが、それは、上下を意味するような地層などとも違う。異次元、と言う言葉が近いかも知れないが、的確な表現ではない。

だからこそ、彼らは(レイヤー)と呼んだのかも知れない。

 (レイヤー)は役割ごとに分かれていて、それぞれの世界(ルール)で構成されている、と彼らは言う。

 (レイヤー)ごとの行き来は、物理的にはできないと言う。あくまでも、基本的には…と彼らは付け加える。

 ただ、(レイヤー)同士は、干渉(かんしょう)しあっている。相互(そうご)影響(えいきょう)を与え、または受け、密接(みっせつ)な関係にある、と。

 ときに、我々人間の住む(レイヤー)で存在する「色」は、一般的に1677万7216色で理論的には表現可能といわれているが、実際に自然界の色数は無限に近いことがわかる。

 そして特に人間から認識されている色には、名前が付けられている。たとえば、さくら色、瑠璃(るり)色…こんなふうに。

 そもそも色とは…と解説が始まると、「光」との関係の話になって行く。

 そして、最終的に明確な論理付けには至らず、つまるところ「色」とは、よく分からないのだ…などと言う結論になってしまう。

 いや、だから問題の本質はソコにはない、と、彼らは重ねて言うのだ。

 今回、問題が起きているのは、「色」を統括する(レイヤー)だ、と。

 彼らはそれを色彩層、「パステルワールド」と呼ぶ。

 そう、色彩層(パステルワールド)では、「色」が統括(とうかつ)され、制御(せいぎょ)されているのだ。

 ところがそれが、ある時。

 何かのきっかけで、もしくは間違いで、あるいは…運命の悪戯(いたずら)で「色」を根こそぎ「黒」にさせられてしまうような事件が起きた。

 この事態を打開できるのは、彼らが言うところの、人間(レイヤー)の少女たちだった。

 なぜ少女たちなのかは、話が進むにつれ明らかになるかも知れない。

 少女たちは、この世界の「色」を暗黒にさせまいと、ほぼ…いや、だいたい勇敢に立ち上がった。

 そして、人間がいる(レイヤー)と、色彩層(パステルワールド)を暗黒にしようと(たくら)む、大いなる敵たちと戦う、と、おおよそ強めに決意したらしいのだ。

 けれども大いなる敵たちと戦うには、放課後であったり、もっと言えば、その後の習い事や部活の後だったり、宿題だったり、家事の手伝いであったりの合間を縫っての活動と言う、時間的な切り口で見ただけでも過酷極まりないものだ。

 だから彼女たちは、そんな世界平和と言う動機のほかに「戦う理由」を個人個人で持っていた。しかし、今にして思えば、それこそが彼女たちの力の源なのかも知れない。

 「色」には感情が宿り、感情は「色」に影響をあたえる。

 この物語は、世界を暗黒にさせまいとする、少女たちの物語である。

 ちなみに彼女たちを「パステルガァル!」と言った。最後の「!」(エクスクラメーション)マークは、彼女たちの期待値(のびしろ)を意味すると、彼らは説明する。

 

「わかっておる。うぬら使者がこうして動き出したことが何よりの証拠」
「わかっておる。うぬら使者がこうして動き出したことが何よりの証拠」